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書籍の紹介 「知的財産権の適正評価システム 基本的考え方から実例分析まで」

更新日 : 2016.08.16

書籍「知的財産権の適正評価システム 基本的考え方から実例分析まで」日本不動産鑑定協会編 住宅新報社(2008年)を紹介します。不動産鑑定の専門家が著した知財価値評価の本です。

著者は全員、不動産鑑定事務所や日本不動産鑑定協会あるいは財務省の方々で、一般に知的財産権の専門家とされる弁理士や特許庁の人間は入っていません。出版社も住宅新報社です。しかし、まえがきによると日本不動産鑑定協会の当時の会長が経産省知財政策室や日本弁理士会、内閣官房知財戦略推進事務局との面談を重ね、不動産鑑定士が知的財産権の評価に参画することについての理解と協力を求めたとのことです。こうした状況下、平成18年夏に理論編の総論・各論を、平成20年に実例分析編を完成して、これらの成果を併せて1冊の書籍として出版したものです。

まえがきによれば、日本不動産鑑定協会会長が「知的財産が企業の付加価値を生み出す源泉であり、その権利は経済取引の対象となり証券化や流動化なども企画されていることから、その重要性を慮り・・・知的財産の価値評価手法の研究に着手する」と指示されたとのことです。知的財産の証券化や流動化という出版当時に喧伝された言葉も出てきますが、知的財産権の価値評価に不動産鑑定士が本格的に参画していることがこの書籍から見て取ることができます。

知的財産権の専門家が著者に入っていないとはいえ、総論・各論・実例分析と体系的に知的財産権とその価値評価について論じています。知的財産権として、特許権や商標権だけでなく、実用新案権、育成者権、著作権、ブランド、コンテンツンビジネスまでも取り上げ、それぞれの権利の特徴と想定される評価ニーズ、評価手法を広範に紹介しています。個々の解説は比較的簡単に触れているだけのところもありますが、各権利について現時点でどのような評価手法があるのかを概観することができます。

この書籍の着目すべき点は、実例分析編で、本書出版時に話題になった職務発明の相当の対価に関する訴訟の実例を挙げていることです。具体的に、日亜化学工業の青色LED事件、日立製作所事件、味の素事件、JSR事件、東芝フラッシュメモリー事件において東京地裁・東京高裁が判断に用いた相当の対価の計算式が表などで具体的に説明されているところです。

例えば、青色LED事件の東京地裁判決では、特許権の価値評価について3社の評価機関による鑑定結果を比較しています。株式会社ベンチャーラボとASG監査法人作成の鑑定書(平成15年9月8日付ベンチャーラボ&ASG鑑定書)では、実施料率をベースにした価額評価、フリーキャッシュフローをベースとした価額評価、モンテカルロシミュレーションによる価額評価により、2738億円~3001億円の範囲の評価価額が算出されています。一方、新日本監査法人の鑑定書では特許関連商品が会社にもたらしたものは14.90億円の損失であって価値がないと評価しています。さらに監査法人トーマツの鑑定書では174億円と算出しています。なんと特許権の価値評価額のばらつきが、およそマイナス15億円から最大約3000億円という極めて広い範囲にわたっており、しかも損失から利益までという正反対の評価額が出てきているのです。

裁判所がどの鑑定書を妥当と判断したか、評価額の隔たりの是非については、判例や各種の論説に任せますが、この書籍には便利なことに上記ベンチャーラボ&ASG鑑定書を実例分析特別資料として巻末に添付しています(一部省略あり)。価値評価の手法も、定性評価のためのスコアリング、実施料率の検討、割引率の設定等、インカムアプローチにおける実際のパラメータの設定に至るまで詳細に記載されており、実務上有意義です。

「知的財産権の適正評価システム 基本的考え方から実例分析まで」日本不動産鑑定協会編 住宅新報社(2008年)