コラム COLUMN

総合化学企業による特許情報解析

更新日 : 2018.06.20

先日6月13日付の日刊工業新聞において、日本を代表する総合化学企業がAIなどを使って特許技術データをマップ化して解析し、事業戦略に活用するという趣旨の記事を目にしました(日刊工業新聞「旭化成、AIで特許解析 他社との優劣・戦略把握」2018/6/13 05:00)。そういえば、2016年の9月8日のコラムで言及した国際会議にて、同社の知財部長様や技術情報解析のエキスパートの方らとお会いしたことがあります。当時、同社ではパテントマッピング等の手法を用いた自社の特許技術の解析に注力しており、或る知財コンサルタント会社のツールを利用されていると伺ったことがあります。今回の新聞記事はその成果の発表なのでしょう。同社はこの数年、テキストマイニング系のマップツールを駆使して、自社のコア技術を中心とする周辺特許を俯瞰し、事業プラットフォームと組み合わせて、新たなビジネスチャンスを模索し、新事業の創出をしていこうとしているようです。まさしくIPランドスケープの実践というべき取り組みです。

書籍の紹介 「経営に効く7つの知財力」

更新日 : 2018.06.15

昨日のコラムで紹介した報告書によれば、諸外国の先進企業は、知的財産の価値を「事業価値への寄与」だけでなく「企業価値への寄与」として認識し、「経営資源」として活用し尽くしているということでした。諸外国(特に米国・中国)において知財の価値が高いとされるのは、これが一つの要因であるというのです。知的財産を、売上利益向上という事業価値への寄与に加え、株価・企業の成長力の向上という企業価値への寄与として捉えているということです。

今日はこのことを考えるうえで役に立つであろう書籍として「経営に効く7つの知財力」土生哲也(著) 発明協会 (2010/09)を紹介します。著者はかつて日本開発銀行において知的財産権を担保にした融資制度の立上げやベンチャー投資を担当し、その後弁理士として特許事務所を開業し、特許庁等の中小企業向け知財戦略関連事業に数多く携わり、平成29年度 知財功労賞 経済産業大臣表彰 を受賞した方です。

著者は、知的財産を明確にする・適切に管理するというプロセスを通して、それぞれ知的財産が明確に仕切られ、外部にはたらく力を持つ効果が生まれると説きます。そして知的財産が明確に仕切ることにより、①無形資産を見える化する、②無形資産を財産化する、③創意工夫を促進し社内を活性化する、という効果が生じ、また知的財産が外部にはたらく力を持つことにより、④競合者間における競争力を強化する、⑤取引者間における主導権を確保する、⑥受注の決め手となる要素を創り出す、⑦協力関係をつなぐ、という効果を生じると考えています。これら7つの効果を著者は本書のタイトル通り「経営に効く7つの知財力」と唱えています。

著者は、知的財産に求められているのは、まずは『事業の決め手』にはたらくことであり、それが企業の競争力に結びつくと述べています。抽象的な議論にとどまらず、ところどころに具体例をちりばめてわかりやすく経営と知財との関係性を説いています。

昨日のコラムで紹介した報告書で言うように、「知的財産の価値を事業価値への寄与だけでなく企業価値への寄与として認識し、経営資源として活用し尽くす」ためにはどうしたらよいか、この土生哲也先生の本は教えてくれるような気がします。8年前に著された本ですが、その内容は今でも通用します、というか、今だからこそ再読しておくべきであると思い、紹介いたします。

「経営に効く7つの知財力」土生哲也(著) 発明協会 (2010/09)

 

 

 

諸外国における知財価値の評価に関する調査研究報告書

更新日 : 2018.06.14

今年(平成30年)の2月に「諸外国における知財価値の評価に関する調査研究報告書」という報告書が特許庁ウェブサイトに掲載されました。これは平成29年度 特許庁産業財産権制度各国比較調査研究等事業の一環としてPwCコンサルティング合同会社が作成したものです。

この報告書の要約によりますと、「本調査では米国・中国等の諸外国における知財価値の認識・評価の実態を明らかにした。調査を通じて、知財の「見える化」や「評価」の手法・ツールの面で、我が国と他国において顕著な差は見られない。他方、知財の活用目的・手段の多様化に応じて「見える化し、取引・流通」の拡大が一部に見られることが明らかとなった。」とあります。つまり知財価値評価の進んでいる諸外国においても、「知財の創造や活用を促進する」ための手法やツールで、日本でまだ導入していないものがあるわけではないというのです。ではなぜ、諸外国(特に米国・中国)では「知財の価値が高い」との指摘がなされているのかについて、同報告書は以下のように簡潔にポイントを挙げています。以下に、上記の報告書の要約の「本調査のポイント」からの抜粋を挙げておきます。

・諸外国の先進企業は、知的財産の価値について「事業価値への寄与(売上利益向上)」に加え、「企業価値への寄与(株価・企業の成長力の向上)」を認識。知財をバリューチェーン全体の中で収益を生むドライバーとして認識し、新事業参入のツール、市場形成やエコシステムを形成する「経営資源」として活用し尽くす戦略を有する。

・その戦略の実行(知財戦略上の多様なオプションの実行)の中で、企業は多様な観点から知財価値の見える化を行ない、企業を含む様々なプレイヤー(NPE等)が知財の取引・流通を活発化し、知財の評価機会を生み出している。

・加えて、中国を中心に補助金制度等の影響により、知財価値に一定のプレミアムが生じている。

報告書では、米国・中国・韓国・シンガポール・ドイツの諸外国において、知財の見える化、知財の取引時の評価、知財流通の状況という3つの論点からヒアリング調査を行っています。各国共通的に実施されている知財価値評価は、基本的には定性価値評価が中心であり、金銭価値換算場面は限定的であるとの声もあったとのことです。報告書でも、価値評価が生じる機会として、各主体ごとに知財価値表の状況をまとめています:企業(その支援を行う弁理士等を含む)では知財の見える化のための手法として、知財の強さの定性評価(例えば、S/A/B/Cの4段階評価)を行ない;特に金銭価値換算は実施していない;M&A前の知財価値評価は与信中心の定性評価であり、インカムアプローチでは事業価値のみを把握し、知財の個別評価は実施していない;投資家や金融機関では、知財権のみを担保とした融資はほぼ実行されていない。

といったものでこれらの共通点を見ると、企業体間の関係からは、知財価値評価や知財流通に関する表向きの表現は違えども、諸外国も日本とさほど状況は違わないように思われます。これに対し、上記報告書は、諸外国の政府・公的機関が実施する見える化・取引・流通に関する施策に大きな差異が存在し、特に中国・韓国におけるベンチャー企業向けの補助金・税制優遇などの支援策が、企業の知財活動に影響を及ぼしていることを明らかにしています。

90ページほどの報告書ですが、表によるまとめを用いて記載を工夫していますので、諸外国の状況を今後深堀するための参考になると思います。

韓国での知財担保融資(知的財産権・棚卸資産などを担保にした融資)

更新日 : 2018.06.11

先週、韓国における知的財産権取引市場とIP専門回収支援機関について書きましたが、韓国知的財産ニュース 2018年5月(後期)(No.367)2018/6/1 JETROソウル事務所知的財産チームによれば、韓国特許庁の関係者が「6月末までに知財金融活性化に向けた道筋を示し、無体動産担保の活性化案を積極的に推進したい」とし、「2022年までの長期計画を策定する」と明らかにしたそうです。そして2022年までに動産担保市場を現在の30倍以上である6兆ウォン規模に拡大するそうです。

上記ニュースによれば、今後、中小企業が保有している特許などの知的財産権、機械設備、完成品・半製品などの棚卸資産、農畜水産物などを担保にして融資を受けることが可能になるとのことです。動産は不動産と異なり、相場を推定することが難しく、権利関係も不明であるという問題があり、これを解決するために、IoT資産管理システムやビッグデータ・モニタリングサービスを導入し、担保の状態や融資を受けた企業の営業活動をリアルタイムで管理することを目指しているようです。

上記ニュースによれば、今後5年間、約3万社が動産担保融資を利用すると見通しを立てているそうで、各銀行の動産担保融資に関する標準内規も見直され、あらゆる業種で動産担保融資を認めていくようです。知的財産権、売上債権など、実物のない無体物動産担保の活性化に向けた支援も充実させ、IP価値評価費用を支援し、評価に対する負担軽減を図り、IP担保融資の実績を独立指標として反映し、銀行の参加を促すとのことです。

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韓国では知財価値評価の手法が進んでいます。日本特許庁による知財価値評価が、金融機関のための「知財ビジネス評価書」による対象企業の「事業性評価」に力を入れているのに対し、韓国をはじめとするアジア諸国での知財価値評価は「知財担保融資」を目的としています。この違いが今後、日本とアジア諸国の知財価値評価業務にどのような質的な差と業務展開の相違をもたらすのでしょうか。

韓国における知的財産権取引市場

更新日 : 2018.06.08

このコラムでもずいぶん前に韓国における知財価値評価について述べましたが、日本と異なり、韓国では知的財産権の取引市場が発展しています。つい先日、韓国では知的財産権の売却、ライセンス、収益化のための専門回収支援機関が設けられることになるとのニュースに接しました(情報元:韓国知的財産ニュース 2018年5月(後期)(No.367)2018/6/1 JETROソウル事務所知的財産チーム)。

このニュースによれば、韓国政府が5月23日に発表した「動産担保融資活性化推進計画」に知財担保融資関連市場の改善案が盛り込まれたとのことです。これによれば、中小企業と銀行と知財の需要者を結び付け、投資と回収がスムーズに行われる見通しなのだそうです。中小企業が銀行に知財担保融資を申請すると、銀行は専門回収支援機関に知財価値評価を要請し、その専門回収支援機関が知財価値評価を行い、収益化を図る;融資を受けた企業が返済できなくなった場合、回収支援機関が銀行からその知財を買い取り、ライセンス、再販売などにより収益を生み出す;というものです。政府の支援で回収損失を補填することも検討されているそうです。

このあたり3月に本コラムで報告したアセアン諸国の知財担保融資(マレーシアやシンガポール)と共通するところがあります。また、日本特許庁による知財価値評価が「知財ビジネス評価書」による企業の「事業性評価」に力を入れているのに対し、韓国での知財価値評価が「知財担保融資」を目的としていることも、マレーシアやシンガポールと同様ですね。

企業が有する知財が担保資産として認められるためには知財価値評価が必要です。上記のニュースによれば、韓国での知財価値評価は1件当たり500万ウォン(50万円)だとのことですが、銀行側は知財価値評価よりもむしろ、1件当たり40万〜70万ウォン(4~7万円)程度の一般的な技術評価を好んでいるそうです。政府予算がそのために予算を投入して銀行の知財価値評価の費用の半分を支援するとのこと。知財価値評価を行う機関も、銀行、信用保証基金、個人信用調査機関などに拡大するとのことです。

韓国ではますます知財価値評価業務が一般化されていく気配です。韓国での知財価値評価の動向にしばらく目が離せません。